2015年05月23日

葵祭 路頭の儀

5月15日金曜日に行われた、
葵祭路頭の儀、の写真を紹介します。
葵祭 路頭の儀

葵祭前儀の記事 と同じく、
日本文化ゼミのジョイさんが撮影したものです。
葵祭 路頭の儀

葵祭路頭の儀は、平安時代の装束を身につけた行列が、
京都御所を発して、下鴨神社、上賀茂神社と巡行する、
行事です。
葵祭 路頭の儀

上賀茂神社に伝わる「賀茂縁起」によると、
平安京遷都以前の6世紀に、
国内で風水害に見舞われ、占った結果、
賀茂大神の祟りだと告げられた。
それ以来、祭りを行わせたのが、
賀茂祭(葵祭)の始まりだと伝えられています。
葵祭 路頭の儀

葵祭の歴史については、上賀茂神社のホムページで紹介していますので、
そちらをご覧ください。
葵祭 路頭の儀

簡単にまとめると、賀茂祭(葵祭)は、
平安遷都の後9世紀に、
朝廷の使者が遣わされる勅祭(ちょくさい)となり、
勅使が訪れることになったわけです。
それが現在の巡行の原型です。
葵祭 路頭の儀

下の写真の斎王代(さいおうだい)は、勅祭となった後、
賀茂神社に仕える御杖代(みつえしろ)として、
朝廷より遣わされた斎王の代わりとなる女性です。
年を経る毎に、儀式の形が変わっていったわけです。
葵祭 路頭の儀
葵祭 路頭の儀

『源氏物語』葵巻の車争いの場面は有名ですが、
貴族達が牛車を並べて場所取りをしたり、
観覧用の桟敷席があるという叙述を見ると、
物語の舞台となる、10世紀頃には、
現在と似た、見物の要素も強くなったと思われます。
今昔物語巻二十八第十二「頼光の郎等共、紫野に物見たる語」も、
なかなか面白い話です。
2013年の葵祭記事
葵祭 路頭の儀

下鴨神社も、上賀茂神社も、大学に近いので、
行列を見学するのに、2度チャンスがあります。
今回は、人間文化学科の堀教授と一緒に、
北山の府立植物園の西、
北山大橋近辺に出かけたとのことです。
葵祭 路頭の儀

行列を追って、上賀茂神社まで歩いていったそうです。
下の写真は、神社前に駐めてある、
行列の中にいた牛車です。
葵祭 路頭の儀

神社では、行列が到着した後に、
勅使が祭文を奏上する社頭の儀が、
行われます。

報告:長沼光彦
写真:ジョイ






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Posted by 京都ノートルダム女子大学      国際日本文化学科(人間文化学科)  at 20:29 │Comments(0)京都フィールドワーク京都

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