2020年03月30日

18世紀のイタリア旅行記

 どの時代の美術を研究するにあたっても当時の一次資料を読まなければなりませんが、18世紀ヨーロッパの場合に重要なもののひとつがイタリアの旅行ガイド・旅行記です。古典古代文化・ルネッサンスの巨匠たちに憧れてイタリアに旅行する人々が18世紀には急増します。その需要に応えた出版物です。

中にはとんでもなく豪華な本もあります。その一つが、ジャン=クロード・リシャール・サン=ノン、通称サン=ノン師(Jean-Baptiste-Claude Richard Saint-Non, dit Abbé de Saint-Non,   1727-1791)による『ナポリ王国とシチリア王国のピトレスクな旅あるいは描写(Voyage pittoresque ou Description des royaumes de Naples et de Sicile)』です。1781年から86年にかけて出版された大型5巻構成、版画を贅沢に使用しています。

この本はなんといっても豪華なことで有名なのですが、対象とした地域が珍しいことも特徴です。当時イタリアに旅行する人々も、ナポリよりも南に足を延ばす人はまれでした。ところがこの本はイタリア南部・さらにはシチリアを紹介しているのです。実は編集したサン・ノン師も現地に赴くことができず、特派員のような人を派遣して調査したり風景をスケッチさせたりしています。

版画の質が高いのでしばしば展覧会にも出るのですが、文章の部分をきちんと読む機会が意外とない資料でもあります。そこで、せめてごくごく一部ですが日本語訳してみようということで、今年度本学が発行する『言語文化研究』に「研究ノート」として投稿いたしました。

膨大な項目のなかからわずか2か所について訳しましたが、ひとつはシチリア島・シラクーザの石切り場です。ここには石を切り出してできた巨大な洞窟があります。これは暴君ディオニュシオスが囚人たちの秘密を知るために作った牢獄だとされています。非常に音響の良い洞窟で、中の声がよく聞こえるので、囚人たちを閉じ込めて拷問したり秘密の会話を盗み聞きしたりしたという伝説があるのです。ちなみに、このディオニュシオス(紀元前432年頃-367年頃)は、太宰治『走れメロス』の暴君ディオニスのモデルです。

18世紀のイタリア旅行記

石切り場「ディオニュシオスの耳」の入り口(VP4巻下 図版116)

訳文はいずれウェブ上にも公開される『言語文化研究』をご覧いただければと思いますが、啓蒙の時代である18世紀らしいなあと思われる記述が次の部分です。

「しかし、そもそも石切り場は宮殿にさほど近くはない上、もしも石切り場が拷問場所とされていたのなら、こんな深さには掘っていないだろう。こんなにまで掘るには何世紀もかかる。暴君というのは自分の恐れや道楽に奉仕するには出来るだけ手っ取り早い手段を求めるものだ。それに、この洞窟では、二、三人の人が話しただけで音が混ざり合って非常に大きな音になり、混乱してまったく聞き取れないような騒音になってしまうのだから、こんなところで会話と声を理解して聞き分けてたどるなどまったく不可能なのだ。」

つまりはディオニュシオスが拷問場所にしたにしては深く掘りすぎている、とか、ここでこっそり話を聞くのは無理だ、とかといった突っ込みを入れているわけです。この旅行記を読む人たちはおそらくシチリアに行く機会はまずなかったでしょうが、この記述を読んでずいぶんと面白がったのではないかと思います。

またもう1か所は、自然の驚異を紹介した例として、やはりシチリア島の巨大な栗の木に関する記述を訳出しました。こちらでも、地元に伝わる伝説に細かく突っ込みを入れているのが興味深いところです。「大きな栗の木の下で」という歌となにか関係があるのかなと思いましたが、それはどうやらないようで、少し残念でした。

18世紀のイタリア旅行記

「エトナ山の有名な栗の木 『百馬力』」


美術史の研究は、作品を見ることが基本ですが、1次資料をできるだけ幅広く読んで、当時の時代の空気を理解することも重要なことです。

(国際日本文化学科 教員 吉田朋子)





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Posted by 京都ノートルダム女子大学      国際日本文化学科(人間文化学科)  at 14:13 │Comments(0)国際文化領域(芸術と思想)教員の研究活動

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