2017年06月20日
対立はめんどうくさい? 日本語コミュニケーション
文章も、いろいろな書き方がありますが、
大学の研究では、
議論する、というスタイルが求められます。
単純にいうと、他人の意見を、
批判する、というスタイルです。

どうも、本学の学生の皆さんは、
批判する、対立する、
ということが、
喧嘩しているような感じがして、
あまり好まないようです。
そもそも、日本社会では、
議論というスタイルよりも、
争わずに、許容し合う、
やり方のほうが、
主流かもしれません。

ただし、他者理解の仕方は、
受容、というスタイルの中だけでなく、
議論、というスタイルの中にも、
あるのです。
相手を正しく批判するためには、
相手の言い分を正しく理解する、
必要があります。
相手を理解する手間暇をかけて、
はじめて、
相手に意見をいう権利が、
できます。

そういう意味で、議論は、
喧嘩ではなく、
一定のルールにしたがった、
スポーツだと、イメージしてもらった方が、
良いでしょう。
ですから、他者理解のない、
ルールのない、
言い合いは、
もちろん、喧嘩でしかありません。
こういう言い合いが、
嫌われるのは、
仕方ないことです。
学生の皆さんも、
すばらしい議論の場に、
あまり出会ったことがないのかもしれません。

自分の言い分を通したいと、
どうしても、相手の言い分を、
理解することを怠ってしまいます。
そこで一歩、とどまり、
相手をの言いたいことを理解する、
手間暇をかける。
それから、相手に反論をしかける、
それが、正しい議論です。
民主主義社会は、
本来、こういう議論を通して、
お互いの利害を少しずつ、
調整するところに、
良さがあるのだと思います。

報告:長沼光彦
大学の研究では、
議論する、というスタイルが求められます。
単純にいうと、他人の意見を、
批判する、というスタイルです。

どうも、本学の学生の皆さんは、
批判する、対立する、
ということが、
喧嘩しているような感じがして、
あまり好まないようです。
そもそも、日本社会では、
議論というスタイルよりも、
争わずに、許容し合う、
やり方のほうが、
主流かもしれません。

ただし、他者理解の仕方は、
受容、というスタイルの中だけでなく、
議論、というスタイルの中にも、
あるのです。
相手を正しく批判するためには、
相手の言い分を正しく理解する、
必要があります。
相手を理解する手間暇をかけて、
はじめて、
相手に意見をいう権利が、
できます。

そういう意味で、議論は、
喧嘩ではなく、
一定のルールにしたがった、
スポーツだと、イメージしてもらった方が、
良いでしょう。
ですから、他者理解のない、
ルールのない、
言い合いは、
もちろん、喧嘩でしかありません。
こういう言い合いが、
嫌われるのは、
仕方ないことです。
学生の皆さんも、
すばらしい議論の場に、
あまり出会ったことがないのかもしれません。

自分の言い分を通したいと、
どうしても、相手の言い分を、
理解することを怠ってしまいます。
そこで一歩、とどまり、
相手をの言いたいことを理解する、
手間暇をかける。
それから、相手に反論をしかける、
それが、正しい議論です。
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本来、こういう議論を通して、
お互いの利害を少しずつ、
調整するところに、
良さがあるのだと思います。

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タグ :日本語コミュニケーション議論
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