2017年10月16日

感動して分析する


3年ゼミでは、小説や映画など、
物語の分析の仕方について、
考えています。



分析しようと思って、
冷静に映画を観ていると、
感動しないのではないですか、
と言われたりします。


そんなことはなくて、
映画を観ていれば、
ぐぐっと感極まったりします。


観ている間は、
映画の中に入り込んでいるのですが、
わりとディテールを覚えているんですね。


観た後に、
人間関係はこうなっている、とか、
事件はこのように展開した、とか、
思い出しながら整理するわけです。


分析しようと集中していたら、
感動しないのかもしれませんが、
細かいところも観ていた方が、
より感動的なのではないかと思います。


映画も、いろんなところに、
気がつくと面白いよ、
という話です。

報告:長沼光彦  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 16:08Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年10月14日

言葉で説明する 絵で説明する  日本文学


共通教育の、
「日本文学」では、
文章表現の特徴について、
考えてもらっています。



文章で説明するのと、
絵で説明するのでは、
どちらが簡単でしょう。


実際はどちらかだけでは、
なかなか難しいと、
思います。


今はスマホを持っているのが、
当たりまえですから、
何か伝えたいときには、
写真を撮って、
LINEで送ることもできます。

けれども、
文章がなくて、
そのまま写真を送っても、
相手は何の写真か、
わからないでしょう。


また、文章だけで、
説明するのも、
なかなか、
うまくいかないでしょう。

食べ物の話をする場合など、
写真を付けて送った方が、
すぐわかってもらえたりします。


写真には写真の得意なところ、
文章には文章の得意なとこと、
があります。


それぞれの表現の特徴を、
わかったうえで、
活用した方が、
相手に伝わりやすい表現が、
できるわけです。


報告:長沼光彦


  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 22:35Comments(1)授業紹介日本語日本文化領域

2017年10月11日

学生のおかげでアイドルも論じる


ゼミの学生が、
アイドルを研究したいというので、
アイドルのことを勉強したりもします。



ゼミ学生の方は、むしろ、
アイドルで、論文が書けますか、
という感じです。


本や文献を探してみますと、
アイドル論、というのは、
多くあります。

これを参考にするのも、
良いでしょう。


実は、文学研究でも、
ずいぶん前から、
文化研究、と言いまして、
文学を生み出した、
社会状況や、その時代の考え方を、
調べる方法があります。

そういう方法を、
応用してみますと、
アイドルでも、キャラクターでも、
意見を言うことはできます。



もっとも、
きちんとアイドルの特徴を知らないと、
論じることはできません。

そのあたりは、
むしろ、当の学生の方が、
詳しいわけですから、
話を聞きながら、
こちらも意見を修正していきます。


AKB48と、乃木坂46は、
どのように違うのか、とか。
(数字の違いではありません。)

その違いを正しく理解しないと、
今の社会で、一見同じように見える、
2つのアイドルグループが、
両立している理由がわかりません。


私が学生に言う、
方法とか理屈とかを、
ちょっと知ってもらうと、
自分の知っていることや、
情報が、違う角度から見えてきます。


勉強とか研究は、
そういう新しい見方、
異なる見方を、
発見していくことなんですね。


報告:長沼光彦  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 20:37Comments(1)授業紹介日本語日本文化領域

2017年10月08日

三四郎を読む2

日本近代文学講読では、
夏目漱石「三四郎」を読んでいます。




「三四郎」は、
大坂から名古屋へと向かう列車の中から、
始まります。

主人公の三四郎は、
見ず知らずの女の人と、
乗り合います。

そして、故郷の知り合いの娘と、
その人を比較して、
こんなことを思います。

「ただ顔だちからいうと、この女のほうがよほど上等である。」


毎回、学生に気になった箇所を、
教えてもらっているのですが、
この部分が出てきました。

三四郎が、
女性を品定めするようなことを考えるのが、
気になったようです。


確かに、高校を卒業したばかりの、
三四郎が、大人の女性を、
あれこれ言うのは、
生意気な感じがします。


こういう女性の目線で、
文学を研究する方法も、
あります。

フェミニズム批評といいます。

文学は、多様な視点で、
読み解くことができます。


報告:長沼光彦

  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 20:40Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月27日

「三四郎」を読む


人間文化学科の専門科目、
日本近代文学講読では、
夏目漱石「三四郎」を読んでいます。



九州から東京に出てきた、
大学生の話ですので、
学生の皆さんが、
共感しやすいかと思い、
選びました。


ただ、明治時代の大学生の生活を見ると、
社会環境も違いますし、
考え方、価値観も違います。


そのあたりを読み取るのが、
面白いんですよ、
という感じで、
授業を進めていこうと思います。

報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月15日

古地図を読む 4


京都には一乗寺という、
地名があります。

現在は、ラーメン屋さんが並ぶ、
町として知られています。



一乗寺というからには、
お寺があったわけですが、
現在は残っていません。


今年の2年ゼミで、
叡山電鉄について調べた学生は、
一乗寺駅で降りて、
フィールドワークをしたそうです。

八大神社の近くには、
下り松、があります。

宮本武蔵が、吉岡一門と決闘したと、
いう話が伝えられる場所です。


それで、
一乗寺の地名の由来は?
と聞いてみましたが、
わからないとのこと。



調べてみますと、
一乗寺は天台宗のお寺だったことが、
わかります。
(不親切なことに、
wikipediaには書いてありません。)

一乗とは、仏になるための唯一の教え、
という意味です。
(こちらは、wikipediaに載っています。)


そこで、古地図を見てみますと、
比叡山延暦寺には、
一乗止観院という名があることが、
書かれています。


学生に、ほら地図をみると、
こういうことも、
わかるのだ、と言ってみましたが、
そんなとこに気づくのは、無理ですよ、
と返されました。


報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 16:30Comments(0)授業紹介京都日本語日本文化領域

2017年09月14日

古地図を読む3


江戸時代の古地図は、
お土産に持ってかえって、
自宅で広げて、つらつら眺める、
という楽しみ方をしたようです。



そんなわけで、
場所や地名だけでなく、
お寺などの、
伝承が書き込まれている場合があります。


例えば、
大学図書館で所蔵している、
江戸時代の京都古地図

「改正京町繪圖細見大成  洛中洛外町々小名」
(天保2年(1831年)7月開板)
には、細々とした記述があります。


3年のゼミで、学生が調べたときには、
六地蔵のいわれが書いてありました。

小野篁が地獄に赴いた際に、
地蔵菩薩と会ったことが、
寺が創建される由来だとされています。


そんな発見をするために、
江戸時代の人と同じように、
地図をつらつらと眺めてみるのも、
楽しいかと思います。

報告:長沼光彦  
タグ :古地図


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:51Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月13日

古地図を読む2


地図を読むということは、
その時代や地域の、
考え方を知る、
ということでもあります。



例えば、
国土地理院発行の地図を見ても、
正確に表現されているなあ、
という感想しか持たないかもしれません。


しかし、どのような地図でも、
用途と目的によって、
情報は整理されています。

国土地理院の地図は、
正確な距離や高さを表現することに、
主眼が置かれています。

(国土交通省HP 地理院地図で、
ウェブ地図を見ることができます。
http://maps.gsi.go.jp/help/


そのため、他の情報は省略されており、
例えば、
近くのハンバーガー屋に行きたいと思っても、
役にたちません。

情報誌の地図を見たり、
グーグルに聞いたりした方が、
早くたどりつけます。


地図は、情報を提供するものですが、
どのような情報を提供するものか、
考えみると面白いと思います。

報告:長沼光彦
  
タグ :地図


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 23:39Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月12日

古地図を読む


古地図を読む、というワークショップを、
オープンキャンパスで行いました。


古地図から、京都という街の特徴や、
歴史を読み取ろう、というものです。


とはいえ、地図を読むのは苦手だ、
という人もいます。


それは、地図の視点が、
普段見ている風景とは異なるからです。


地図は、空から鳥の目で見たような視点で、
描かれています。

場所の位置関係や、方向が、
ひと目でわかるからです。


今は、スマホでナビが使えますから、
知らない場所でも、
移動に不便を感じません。

けれども、スマホがないときには、
地図が、行き先までの道のりを知る、
便利な方法でした。



また、今自分が見る視点とは異なる視点、
鳥のような視点を、想像できるのは、
人間特有の能力です。

人間の能力の面白さを知る、
という意味でも、
地図を研究してみるのは、
楽しいと思います。


報告:長沼光彦


  

Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 18:13Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月10日

祇園祭に行ってきました6 ―3年次生「専門演習」クラス〈終〉


(夏に出かけた祇園祭の記事の最終回です。六日の菖蒲どころではありませんが、おゆるしのほど)


日もすっかり暮れ、人出も増えて、お祭りムードが高まってきました。






われわれが最後に向かったのは、くじ取らずの鉾の一、放下鉾(ほうかぼこ)でした。

鉾の真木(しんぎ)の中ほどに放下僧の像を祀っていることにちなむ名です。放下僧とは、室町時代後期に現れた僧形の大道芸人のことで、仇討ち物の謡曲「放下僧(ほうかぞう)」にも登場します。親への孝養を重んじた古人たちが、親の敵を討つ兄弟の物語に感じて制作した鉾なのでしょう。

町会所の二階に上がらせていただき、お宝の数々を拝見しました。





まず目に飛び込んで来たのは、モスクとフクロウのデザインが異彩を放つ見送りでした。江戸時代に作られた綴織(つづれおり)に代わり、昭和57(1982)年に制作された「バクダッド」という名の臈纈染(ろうけつぞめ)だそうです。ギリシャ神話や聖書のデザインが古くから用いられてきた祇園祭ですから、イスラーム風のものが加わっても何ら不思議ではありませんね。





こちらは、鉾の先端を飾る鉾頭(ほこがしら)です。地上を照らす太陽、月、星をデザインしたもので、形が洲浜(すはま)の模様に似ているので、この鉾は「すはま鉾」の別名があります。






放下鉾では、昭和3(1928)年までは長刀鉾と同じように、生き稚児を乗せていました。その時に用いた古い冠が二つ並べて展示されていました。いったい何人の子どもたちがこの冠をかぶってきたのかと思うと、祇園祭の歴史と伝統を目の当たりにした思いでした。




こちらは、現在の稚児人形がかぶる冠です。昭和4年製造だそうです。





町会所二階の奥には長い廊下のような橋がかかっており、向こうの倉庫の方まで続いていました。この橋は、祭りの時に器材を運び出すためだけに引き出されるものだそうです。町衆たちが、いかに祭中心に物事を発想してきたかがうかがえます。










見物人も鉾に乗せていただけるとのことでしたが、こちらは女人禁制につき、学生たちは入口のところでストップ。天井の様子や屋根を支える鉾の柱に施された見事な彫刻など、学生に知らせるため、何枚か写真を撮らせていただきました。




鉾から下りてそろそろ帰ろうかと思ったちょうどその時、お囃子の演奏が始まりました。鉾入口のところで待っていた学生たちは、コンサートのボックス席のごとく、かぶり付きでお囃子を聞くことができました。悠揚迫らぬ優雅なその響きに、学生たちは時の経つのも忘れ、聴き入っていました。〈終〉




(報告者:「日本語と古典ゼミ」担当、堀勝博)

  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)京都フィールドワーク授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月08日

心配をプランに 卒論の相談

先日、卒論の相談に、
学生が来ました。




わりと早めに相談に来たなあ、
と思っていましたら、
内定先の会社の研修がはじまるので、
卒論を早め早めに進めたい、
ということだそうです。



できますかね、とご本人は、
心配の様子です。

私が思うに、
心配して、こなせるように、
プランを立てようとしている時点で、
わりと、だいじょうぶでは、
ないでしょうか。



プランを立てようと思えば、
自分をふりかえり、
何から着手するか、
考えられますね。


心配は、不安な気持ちのままでは、
一歩も進みませんが、
何かしなければ、
という気持ちに結びつければ、
解決の方向に進むきっかけになります。

社会人になったら、
プランを立てる力は必要となるでしょう。
この機会に、
心配をプランに変える練習を、
していただくと良いかもしれません。

(保険の宣伝みたいなタイトルだったでしょうか)

報告:長沼光彦
  
タグ :卒論計画


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月04日

卒論の相談 文化の研究


まだ大学は夏休みなのですが、
卒論の下書きで、
学生が相談に来ました。



相談に来た学生は、
テレビゲームをテーマとしています。



まずは、ゲームの歴史から、
まとめてきました。


大昔は、喫茶店で、
インベーダーゲームをしていた、
時期もありました。


その後、ゲームセンターが、
今で言う、アミューズメントパークのように、
混み合っている時期もありました。



それが、今では、
ゲームセンターも、
あまり見かけません。

ファミコンのようなテレビゲーム機も、
昔ほどは売れないそうです。

時代は変わったようです。




それで、どうしてこうなったのかな、
と考えてみます。

相談に来た学生にしてみれば、
ゲームを楽しんでいる人はいると、
いうことです。

スマホでゲームをしている人は、
多いようですね。



そこで、
ゲームを遊ぶ場所や機会が変わったのだ、
と考えてみましょう。

なぜ変わったのでしょうか。




じんわり考えてみると、
そもそも昔は、
コンピューターが小さくできなかったので、
ゲーム機のためには、
ある一定の大きさが必要でした。

ところが、だんだんと小型化され、
今ではスマホの中に、
ゲームができる高性能な
コンピューターが収まっています。


つまり、遊びの文化も、
技術の発達という社会的な条件により、
変化している、ということがわかります。


実は、美術や音楽や映画など、
他の文化が生み出した物事も、
技術の発達により、
変化しています。


このような社会背景を、
考えるのも、
文化の研究の方法のひとつです。


というような感じで、
適度にまとめて、
引き続き、考察を進めてくださいと、
学生にはアドバイスいたしました。


報告:長沼光彦


  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 21:19Comments(0)日本語日本文化領域

2017年09月02日

祇園祭に行ってきました5 ―3年次生「専門演習」クラス



続いて遭遇したのは、船の形をした船鉾(ふねほこ)です。ご神体は、神功皇后です。かつてお札にもなったことのあるお方ですが(女性でお札に採用された第一号)、戦後は教科書からも完全に抹消され、今の女子大生は知るよしもありません。読み方も「ジングウコウゴウ」ですので、お間違えなく。




祇園祭ではとても重要な人物で、船鉾の他に、占出山、3年前に150年ぶりの復活を遂げた大船鉾(かつての呼称は「凱旋船鉾」)のご神体に取り上げられており、往時の人気がしのばれます。詳しいことが知りたい学生さんは、古事記・日本書紀をお読みください。




ここでも粽を売る少女たちが元気のよい歌声を披露してくれていました。楽しそうな一生懸命な姿に打たれ、記念に一つ購入することにしました。これでわが家も一年無事安泰です。




その後、木賊山を見学し、動くカマキリで知られる蟷螂山を見に行きました。カマキリがパタパタするのは、晴れの日の山鉾巡行の時だけですから、夜に拝見したご神体は「蟷螂之斧」を控えめにした神妙なお姿でした。




こちらは提灯にカマキリが貼り付いており、訪れた人々を和ませていました。

(報告者:堀勝博)

  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)京都フィールドワーク授業紹介京都日本語日本文化領域

2017年09月01日

祇園祭に行ってきました ―3年次生「専門演習」クラス3

祇園祭宵山の楽しみは、浴衣掛けで露店を思い思いにめぐり、食べ歩きをすることですが、ついそれだけで終わってしまって、祭り本来の意味や伝統にまったくふれぬまま、夏フェスの一種ぐらいに考えて、お祭り気分を味わうだけといった人が多いとすれば、まことにもったいないことです。

往時の人々が、どんな思いでこの祭りを作り上げ、受け継いできたのかを知った上でこの祭りに参加することは、同じ京都に学び、生活する者として、とても大切なことではないでしょうか。

ということで、わがゼミでは単に歩行者天国に立ち並ぶ山や鉾を見学するだけではなく、必ず町会所に立ち寄り、ご神体や展示品を拝観して、各山鉾の由来や歴史について学ぶようにしています。




今回ご紹介するのは、伯牙山(はくがやま)です。提灯や幔幕がおしゃれな琴柱(ことじ)の模様になっていました。このような粋な遊び心が至るところに見られるのが、この祭の楽しさですね。




この山のご神体が、物語の主人公、琴の名手、伯牙です。とても思い詰めた表情で、手に斧を持ち、琴を断ち割ろうとしています。なぜ琴の名人が琴を割ろうとするのか。それがこの伯牙断琴のお話です。『呂氏春秋』や『蒙求』などに載っています(ただし、明治以前は主人公の人物名は特定されていなかったらしく、単に「琴割山」と呼ばれていたそうです)。

この伯牙山の特徴は、懸装品がすべて中国色で統一されているところです。




見送りの「仙人図」は西陣で制作されたという刺繍。人物の押し絵が施された水引は、20年前に復元されたもの。いずれもいかにも中国風ですね。この山を代々受け継いできた町衆の心意気がうかがえます。




ゼミ発表を担当した中国の留学生も興味津々の表情で見入っていました。

(報告者:堀勝博)



  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)京都フィールドワーク授業紹介京都日本語日本文化領域

2017年08月31日

トランスフォーマー 最後の騎士王 京都で映画を観る


「トランスフォーマー最後の騎士王」


これも、まだ上映しているかと思いますが、
7月末に公開の、宇宙から来た、
金属生命(見た目はロボット)の話です。


今のところ、この系統の映画が好き、
という学生に出会っておりません。


また、情緒を重んじるような映画が好きな方は、
なぜ、ロボットやら怪物やらが、
暴れる話に、観客が行くのか、
わからないかもしれません。


ただ、歴史を遡れば、
神話や伝承の世界に、
怪物はつきものです。

人と怪物は、
いつも一緒に過ごしてきたのです。
(近代科学の世界では、
妄想とされたてきましたが。)


また、CGなど、視覚的刺激を求めるのも、
人間の嗜好のひとつです。

時代ごとの技術によって、
視覚的刺激は変化してきました。

その先端技術の中で、
尖鋭な刺激を人は求めてきました。



そんなわけで、
先端技術を駆使した映画で、
ロボットや怪物が暴れるものが、
多くの人に喜ばれるのです。


まあ、そんな理屈っぽいことを考えないで、
すげー、とか言って、
観ておけば良いかと思います。

ちなみに、今回のトランスフォーマーも、
車が追いかける場面は、
CGではなく、実写です。

CGと実写を適度に混ぜるのは、
現在の映画のリアリティを感じさせる、
技術のひとつです。


報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 18:02Comments(0)国際文化領域(芸術と思想)日本語日本文化領域

2017年08月30日

勉強と研究


教員は、研究をしてます、
などと学生に言うと、
勉強と研究は違うのですか、
と聞かれたりします。



私の携わる文学研究は、
調べる、という点で、
大きな違いは、ないでしょう。


違うとすれば、
勉強が、人がまとめた答を、
知ることだとすると、
研究は、自分で答を見つけること、
だということです。


同じ発見でも、人が見つけたものか、
自分で見つけたものか、
という違いがあるわけです。




すぐれた研究や思索にふれて、
学ぶだけでもじゅうぶんかもしれません。

ただ、自分で見つけようとすることで、
物事と積極的に関わることが、
できるでしょう。

せっかく大学に入ったわけですから、
自分で答を見つけてみることに、
挑戦するのも、
面白いと思います。


長沼光彦
  
タグ :研究


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 18:49Comments(0)日本語日本文化領域

2017年08月29日

夏休みの教員は研究をしている


先生は、夏休みに何をしているんですか、
と学生から聞かれたりします。



バカンスに出かけるのだ、
と豪勢なことを、
言ってみたいところですが、
なかなか実現しません。


遊びや休み以外は、
研究をしています。

研究も、じっくりと考えるには、
まとまった時間が必要です。


私の研究している分野、
日本の近現代文学の研究では、
調べ始めると、
この資料も見たい、
と調べものが、
次々と増えていきます。

わあ、面倒だなあ、
と思われるかもしれませんが、
実は、調べ物が増えることは、
良いことです。

むしろ、「あたり」と、
言えます。



調べて、わかった、
終わり、というパターンは、
答はわかっても、
研究にはなりません。

次から次へと、
資料と資料の関係が、
見つかっていくと、
それだけ、視点が広がるわけです。


皆さんがお好みかどうかは、
わかりませんが、
そんなことを、夏休みにしています。


報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 22:26Comments(0)日本語日本文化領域

2017年08月28日

メアリと魔女の花 京都で映画を観る


ちょっと前の話ですが、
「メアリと魔女の花」を、
観ました。



学生も話題にしていましたが、
スタジオジブリにいたスタッフが、
つくったアニメ映画です。

宮崎駿監督が、
引退宣言をした後、
ジブリは、アニメ制作部門を、
一度解体することになりました。
(2014年の話ですね)

「メアリと魔女の花」は、
「思い出のマーニー」の監督を務めた、
米林宏昌が、監督をしています。

制作スタッフも、ジブリに関わった人が、
多くいるようです。


そんなわけで、観ていると、
スタジオジブリのアニメと言われても、
そう思ってしまうような出来映えです。



とはいえ、じっくり観ていると、
宮崎駿監督のアニメとは、
いろいろ違います。

実はジブリの時も、
宮崎駿が監督でないときには、
演出や、人物の動きが、
違いました。

もともと、監督によって、
できあがった表現は、
微妙に違ったのです。



それでも、何となく、
ジブリの作品は、
宮崎駿がつくっているような、
気がします。

実際、NHKのドキュメンタリーを観ていると、
監督が別に決まっていても、
宮崎駿は、口を出さずにいられないようです。

それが、作品の質をあげることもありますが、
若手の監督の試行錯誤を、
(場合によっては個性の表現を)
押さえてしまうことも、
あったようです。


そういう意味では、
宮崎駿を離れて、
アニメをつくる環境になったのは、
良いことでもあると思います。


優れた師匠を持つと、
弟子はなかなか大変なようです。


報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 18:26Comments(0)日本語日本文化領域

2017年08月27日

学生に勧められてアニメを観る


昨日と似た話ですが
学生に勧められて、
アニメを観る場合もあります。

この前観たのは、
「ズートピア」です。



田舎から都会に出てきて、
夢をかなえるために、
がんばる、という、
シンプルな話ですが、
面白いですね。


街を、大きな列車が走っているのですが、
動物に合わせて、
ドアが複数ついています。

こんな列車つくるの面倒だなあ、
などと思いますが、
そこが、ズートピアの良いところ。

それぞれの特徴に合わせて、
多様性を活かす、
というところに、
ズートピアの、
街の考え方があります。



もちろん、これは制作者の、
考えですね。

多様性を実現するためには、
実は、手間をかけなければ、
ならないことが多いのです。

しかし、それぞれの違い、
特徴を知って、はじめて、
一緒に暮らす、豊かさが、
生まれてくるわけですね。


そんなことを、視覚的な表現で、
ユーモラスに描いているところが、
楽しいなと思いました。

実は、この多様性は、
メインストーリーにも、
関係してきます。


こんなふうに、思ったことを、
学生と話したりもします。


報告:長沼光彦  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 21:25Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年08月26日

学生に勧められマンガを読む

私の日本近現代文学・日本文化ゼミでは、
ストーリーのあるものであれば、
小説でなくとも、マンガや映画でも、
研究の対象する場合もあります。



今回は、学生が卒論に取り上げるというので、
「ノラガミ」というマンガを、
私も読むことになりました。


日本の八百万の神の世界観をもとにして、
神の世界で、何やら、
権謀術数がめぐらされている、
という話になっているようです。
(まだ、連載中です。)

神様もきわめて人間的に描かれており、
その点では、日本の神話の世界に、
近いかと思います。


論じるならば、
日本神話の世界を調べたうえで、
どのように現代風にアレンジされているか、
考えてみると良いのではないか、
と思いました。



もっとも、マンガの面白さは、
神や人の、関係や情緒の描き方、
また、コミカルなエピソードにも、
あるかと思います。

そういう、マンガの構成の仕方を、
分析してみるのも、
よいかもしれません。


そういえば、アニメも見て下さい、
と言われていたのでした。


報告:長沼光彦

  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:16Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域