2017年04月02日

ラ・ラ・ランド 京都で映画を観る

ラ・ラ・ランド  La La Land は、
今回のアカデミー賞候補作です。

授賞式で、まちがえて、
作品賞受賞と発表される、
珍事がありました。



とはいえ、
監督賞、主演女優賞などを、
受賞しており、
評価された作品であることは、
まちがいありません。

(監督は、デミアン・チャゼル、
主演女優は、エマ・ストーンです。)


ラ・ラ・ランドは、ミュージカルなのですが、
まずは、オープニングから、
こだわりの映像が展開します。

ロサンジェルスの、
ハイウェイの一部を借り切って、
ワンショットで撮影された、
歌と踊りの場面です。

カメラが、切れ間なく、
舞台を移動し、
歌い踊る人たちを追いかけていきます。

広々とした空間を、
自在にカメラが動く映像は、
圧巻です。



まさに、歌と踊りでつくられた世界、
ラ・ラ・ランド、という感じですが、
ストーリーの展開は、
必ずしも、ラ・ラ・ラ、というわけにはいきません。

主人公の夢と挫折があります。
詳しくは、実際に映画を観てください。

ただ、どんなときにも、
主人公には音楽があります。

そういう意味では、
ラ・ラ・ラ、なのでしょう。
どういう気もちで、
口ずさみ、楽器を奏でるにしろ。


ミュージカルの歴史をふまえながらも、
これまでのものと違う味わいになっています。

ディスニー映画で馴染みになっている人には、
こちらのミュージカルも観てもらえると、
また別の面白さが発見できると思います。

報告:長沼光彦


  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 21:47Comments(0)国際文化領域(多文化理解)日本語日本文化領域

2017年04月01日

うその日


本日、4月1日は、
エイプリルフールです。

普段は言ってはいけないウソを、
楽しんで良い日ということです。



とはいえ、本当にだましたら、
いけないわけで、
ウソだとわかったら、
笑えるようなものの方が良いのでしょう。

そういう意味では、
ちょっとハメをはずす、
ユーモアの日とも言えます。



エイプリルフールは、
西洋発ですが、
日本にも、うそ、の日があります。

正月に、各地の天満宮で、
うそかえ、という神事があります。

鷽(うそ)という鳥の、
木彫りの像を、
天満宮でいただき、
昨年いただいたものをお返します。

昨年までの悪いことが、
うそになるように、
という願いをこめる行事です。



こちらのウソは、
不幸をウソにして、
幸せを呼ぶという、
ささやかなお願いですね。


同じウソでも、
考え方が違うわけです。

こういう習慣の違いから、
ウソについて考えてみるのも、
面白いですね。

報告:長沼光彦

  

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2017年03月24日

モアナと伝説の海 京都で映画を観る


モアナと伝説の海、
ディズニーのアニメーション映画です。

温暖な地域の海を舞台とした、
ファンタジーです。


いろいろ楽しい映画でしたが、
ストーリーにふれると、
映画を楽しむ邪魔になると悪いので、
別の話をいたしましょう。


ファンタジーではあるのですが、
登場人物の表情や動作は、
アメリカ文化を反映しています。



例えば、ラッパーの人たちが、
二人で見合って、
互いに手をたたきあったり、
ハイタッチしたりすることがありますね。

(Handshakeといわれているようです。)

こういう動作を、登場人物がしたりするわけです。


アメリカとは文化が違うはずですから、
真面目に考えれば、
そういう動作をすることは、
ないでしょう。

とはいえ、
観客がアメリカの文化を共有していれば、
そういう動作は、
映画を楽しくみせるための、
演出になります。



映画の世界観としては、
リアルではないわけですが、
観客にとっては、
なじみ深いので、
むしろリアルに(生き生きしているように)
感じるわけです。


こういうリアルの使い分けが、
映画の演出の面白いところでもあります。


報告:長沼光彦  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 22:34Comments(0)国際文化領域(多文化理解)日本語日本文化領域

2017年03月21日

たかが世界の終わり 京都で映画を観る

「たかが世界の終わり」
It's only the end of the world
四条の京都シネマで観ました。

(とはいえ、もう上映が終わるようです。
毎度、話が遅くてすみません。)



監督のグザヴィエ・ドランは、
19歳の時に「マイマザー」で監督デビュー。
俳優の菅田将暉が、
もっとも会いたい人と、
テレビで言っていたことがあります。

「たかが世界の終わり」は、
カンヌ国際映画際グランプリを、
受賞しています。


映画は、画面が暗転したままで、
小さなノイズ、機械音が聞こえるところから、
始まります。

そして、主人公の独白。

冒頭から、映画に入り込むことを、
求めてきます。


登場人物同士も、
会話がどこか行き違っていて、
その理由がなかなか
つかめないところがあります。

登場人物の言葉や、
表情に注目していきます。

この映画、人物の表情を、
アップでとらえる時間が多いのです。

そこでまた、映画に入り込んで、
いくことになります。


きちんと説明してほしい人には、
もやもやするところがあるかもしれませんが、
こういう引き込み方に、
映画独自の表現があると思います。

あるいは、グザヴィエ・ドラン監督、
独自の表現と言った方が、
良いかもしれません。



報告:長沼光彦  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 23:15Comments(0)国際文化領域(多文化理解)京都日本語日本文化領域

2017年03月05日

3月5日は啓蟄

3月5日は、二十四節季でいう、
啓蟄(けいちつ)でした。


啓蟄は、
地面の下で冬ごもりをしていた、
虫が出てくる、という意味です。


本日は、だいぶ暖かい日で、
啓蟄の名にふさわしい休日でした。


来週、3月11日は、
本学の卒業式なのですが、
暖かいと良いですね。


報告:長沼光彦  
タグ :啓蟄


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2017年03月03日

3月3日 桃の節句


本日、3月3日は、
ひな祭りですね。

桃の節句とも言いますし、
かつては上巳(じょうし)とも言いました。



今は、
女子の成長を祝う日となっていますが、
節句という言葉から、
もとは季節の変わり目の、
行事です。


元は中国の暦から来たもので、
上巳という言い方は、
3月上旬の巳の日に、
行われたことに由来します。

(巳(み)というのは、
干支(えと)と同じ、
ね、うし、とら、う、の
「み」です。
かつては、「ね」から始まり、
日にちを12に分けたのですね。)




上巳と呼ばれた奈良、平安時代は、
ひな祭りではなく、
曲水の宴を行っていました。


上巳とは別に、
人形を飾り、遊ぶ、ということは、
平安時代から行われていて、
『源氏物語』「紅葉賀」に、
まだ子どもの紫の上が、
調度品を並べながら、
雛で遊ぶ場面が出てきます。


今のひな祭りは、
江戸時代頃から始まるようです。


報告:長沼光彦



  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 23:12Comments(0)京都日本語日本文化領域

2017年02月28日

とりあえず驚く


日本文化について、
すべてを知り尽くすわけにもいかないので、
日々新しい発見があります。



神戸にゴーフル、
というお菓子があるのですが、
純粋な洋菓子と思いきや、
焼き生地に、
せんべいの技術を使っているのだそうです。

(朝日新聞2017年1月12日夕刊の記事、
「ミナトの力⑥ 神戸開港150年」に、
載っていました。)



こういう驚きに出会ったときに、
知らなくて恥ずかしい、
と思うよりも、
面白い、と思う方が、
良いと思います。


新しい発見をして、
得をしたな、というのが、
まずあります。

もうひとつは、
そういうことに興味を持つことができる、
自分の関心の幅も、
肯定しておいた方が、
良いと思います。



知らなくても、
アンテナをはることができれば、
発見をして、知ることができます。

実は、研究は、
こういうアンテナのはり方が、
大切です。

はじめからすべてを知ることは、
無理なので、
面白いことをキャッチする、
心の持ち方が、
まずは大切なのだと思います。


報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 22:22Comments(0)日本語日本文化領域

2017年02月26日

ポケモンgoで偽情報について考える

ポケモンgoについて、
ネットで調べてみると、
いろいろな情報が出てきます。



ゲームは、うまくプレイする方法や、
ちょっとした困難を乗り越える手段を、
見つけるのが、面白い遊びです。

その方法や手段を見つけるのに、
あまり手間をかけたくない人は、
「攻略サイト」を見たりします。


その情報の中には、
本当ですか?
と聞きたくなるようなものがあります。


たとえば、ポケモンgoは、
実際に歩かないと、
ゲームが進行しないので、
歩かないで距離を稼ぐ方法を、
紹介しているネット記事があります。

スマホをおもちゃの電車に乗せて、
室内を走らせるとか、
扇風機など振動するものに、
くっつける、というものが乗っていました。


ポケモンgoは、
GPSを使った、google mapと、
同様の技術を使っていますから、
1~2メートル移動させても、
振動させても、
歩数は稼げません。

振動で距離を感知する、
旧来の携帯の歩数計と、
混同しているようです。

それでも、歩きたくないと思っている人は、
こういう情報に飛びついてしまうことが、
あります。




こういう情報は、記事を書いた人が、
実際に試していない場合もあるでしょう。

あるいは、わざとウソの情報を、
流している場合もあります。


ひとつには、だまして、
何らかの利益を得ようとする場合があります。
お金をとろうとする人もいますね。

もうひとつは、そういう情報に、
踊らさえる人を見て楽しもうとする場合です。

人間には、支配欲というものがあり、
人を自分の思い通りにしたいと、
望むことがあるのです。


まあ、ゲームのことですから、
実害をこうむらないのであれば、
ウソじゃん!、
とちょっと怒ってすませておけばよいかもしれません。

とはいえ、実害を被らないためには、
偽情報を見極める目が、
必要になるでしょう。

そのような目は、
メディアの研究で養うことができます。


報告:長沼光彦  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)情報関連の資格や活動日本語日本文化領域

2017年02月25日

この世界の片隅に 京都で映画を観る


「この世界の片隅に」
アニメ映画ですが、
今話題になっています。



はじめは上映館が少なかったのですが、
しだいに評判が広まり、
封切り日から少し遅れて、
あちこちで上映しています。

(私が観たのは、MOVIX京都です。)


また、資金調達に、
クラウドファンディングという、
インターネットなどで、不特定の人たちから、
資金を集める方式を使った、
ところにも特徴があります。



こうの史代の原作マンガも、
取材を重ねて作られた作品として、
評価が高いものです。


アニメでも、第二次世界大戦中の、
広島、呉の町の様子、
人々の暮らしが、
ていねいに描かれています。



映画では、普通の暮らしの中に、
戦争の影響が少しずつ、
現れていきます。

日常の暮らしは、
薔薇色というわけではありませんが、
主人公が少しずつ受け入れ、
自分のものとしようとしてきた、
世界です。


少しずつ経験を積みあげてきた
日常だからこそ、
戦争の影響を受けて、
揺るがされるところに、
理不尽を感じてしまいます。

アニメだからこそ、表現できる日常が、
あるのですね。

報告:長沼光彦



  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)日本語日本文化領域

2017年02月23日

スマホでなければ


今どきスマホでないとね、
と学生に言われて、
スマホに変えたわけですが、
私自身はとくに変化はありません。


学生に、アプリを全然入れていないと、
言われてしまう次第です


(ここに載せている写真は、
最近もっぱらiphoneなんですが。)

ただ、使ってみると、
学生が普段言っていることが、
わかったりします。

LINEが便利で、
メールはあまり使わない、
という感覚もわかります。

メールは、件名を書いたりするのでも、
一手間かかります。

LINEは、相手がわかっている前提で、
メッセージを送るものですから、
直接、言いたいことを伝えられます。


また、インターネットも、
あの縦長の画面で見るわけですから、
スマホ用の表示でないと、
見にくい感じがすることも、
わかりました。




スマホを使っていると、
こういう感覚が当たり前になってきます。

パソコンを主として使う人とは、
感覚が違ってくるわけです。


スマホの宣伝で、
「私たちは、スマホと一緒に大人になっていく、
はじめての世代だ」
と言っている、
CMがテレビで流れていました。

そういう世代の人たちは、
当然ながら、
物事を受け止める感覚が変わってくるわけです。



ちなみに、こういうことを考えるのは、
メディア論というジャンルです。


報告:長沼光彦

  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 23:23Comments(0)日本語日本文化領域

2017年02月22日

ライトノベルも文学研究の対象か


大学の文学研究では、
私たちが読むような小説も、
研究の対象になりますか。

高校生の皆さんに、
大学の文学研究の話をしているときに、
そんなことを聞かれました。

返事は、対象になります、
です。



通常「文学」は、芸術的価値があると、
世の中が認める、小説や詩を呼びます。

芥川賞をもらうような小説が、
そうですね。


しかし、広い意味での文学は、
言葉で人間が表現したものは、
何でも入れてよいでしょう。

まず、その意味で、
研究対象になります。



もうひとつ、研究の仕方が、
少し前よりも広くなったこともあります。

夏目漱石のような作家の思想を、
考えるだけでなく、
作品を生み出した時代背景を調べたり、
作品そのものが、どのように構成されているか、
考えたりします。



あまり芸術的価値がなさそうな作品であっても、
その作品が生み出された時代背景が、
あります。

また、娯楽作品には、
娯楽作品としての、
構成の工夫があります。


作品のテーマとは別に、
いろいろと考えてみることは、
できるのです。



実際、最近の現代文学研究では、
ライトノベルやアニメを対象にした、
論文があります。

それらは、いわゆる文学作品を分析してきた方法を、
そのまま、ライトノベルやアニメに、
応用しているのです。


大学の研究で、
してはいけない、
ということはありません。

むしろ、人のしていないことをした方が、
おもしろい発見があると思います。

大学は、面白いことを発見する場所です。

報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 22:06Comments(0)日本語日本文化領域

2017年02月20日

こころに剣士を 京都で映画を観る


「こころに剣士を」

これも少し前の話ですが、
京都シネマで、映画を観ました。



第二次世界大戦後まもなくの、
エストニアが舞台です。

子ども達にフェンシングを教える、
小学校の先生の話です。

タイトルの剣士は、
フェンシングのフェンサーですね。


これから観る人のために、
あまり詳しく話しませんが、
戦後のエストニアの状況に起こった、
実話をふまえた映画です。

(内容が知りたい方は、
インターネットを調べてみてくだい。)


エストニアは、第二次世界大戦中は、
ドイツに占領され、
末には、ソヴィエト連邦(今のロシア)に、
占領されました。

ドイツとソ連は戦争していましたので、
政治体制が、がらっと変わったことになります。

ドイツ軍に入ってソ連と戦闘した、
エストニアの人々もいて、
そういう人たちは、ソ連に目をつけられ、
収容所に送られます。

小学校の子どもたちも、
祖父や父親が収容所に送られています。

主人公は、そういう村にやってきて、
はじめは子どもとなじめなかったのが、
だんだんと父親の代わりを務めるようになるのです。



この映画は、教師と子どもたちの、
不器用な人間関係と、
その背後にある傷ついた心を描いていきます。

自分の意思だけでは、
どうにもならない、
大きな力の中で、
何とか生きていく姿を描いている、
と思いました。

主人公は、子どもたちとの交流の中で、
そのどうにもならない状況に、
向き合おうとしていきます。


おそらく、人間は、
時代から完全に自由になることは、
できません。

とはいえ、その抑圧に、
あらがって、何かしてやろう、
という気持ちを持つものでもあると思います。


少し話しすぎたような気もしますが、
こういう豊かなメッセージを読み取りたくなるのは、
いい映画だからでしょう。

よろしければ、
DVDになったら、
観てみてください。


長沼光彦  

Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 21:46Comments(0)国際文化領域(多文化理解)京都日本語日本文化領域

2017年02月14日

ヒッチコック・トリュフォー 京都で映画を観る


ちょっと前の話ですが、
ヒッチコック・トリュフォー、という映画を、
京都シネマで観ました。


アメリカの映画監督、ヒッチコックに、
フランスの映画監督、トリュフォーが、
インタビューして出版した、
「映画術」という本
(日本では、晶文社が翻訳出版、
大学図書館に蔵書あり。)
があります。




その際テープに記録していた音声や写真を用い、
現在活躍する映画監督のインタビューを織り交ぜながら、
構成した映画です。

映画がどのようにして作られているか、
考えるきっかけになる映画です。



ヒッチコックは、1960年頃、アメリカのサスペンス映画の、
土台を築いた人です。
裏窓」とか、「鳥」、「サイコ」など、
当時から観客を呼んだ作品が多くあります。

(イギリス生まれで、
映画を作り始めたのは、1920年頃からです。)

(最近の映画でも、
ヒッチコックのオマージュと思われる作品を、
よく見かけます。)



トリュフォーは、1950年代に登場した、
フランス映画の新しい潮流、
ヌーヴェルヴァーグのさきがけとなった、
「大人は判ってくれない」を発表しました。

同じヌーヴェルヴァーグの流れに入れられる、
ルイ・マル「死刑台のエレベーター」を、
学生らと観たことがあるのですが、
何だこれは、という学生の感想でした。

映画の挑戦的な表現を目指していて、
ストーリーも必ずしも明瞭でなく、
時にはシュールレアリスティックに感じる作品もあります。


そん、とんがったヌーヴェルヴァーグを代表するトリュフォーが、
エンターテイメントで人気を博するヒッチコックを、
尊敬している、というところが、
ちょっと意外なわけです。


トリュフォーにいわせると、
ヒッチコックは、映像や音響表現に対して、
挑戦的、実験的な監督なのです。

むしろ、人を熱狂させ、
今まで観たことのない世界を提供するには、
新しいことをしなければいけない、
ということです。


エンターテイメントの作品よりも、
いわゆる芸術作品の方が上、
という単純な価値観をひっくり返してみる、
きっかけになるでしょう。

(大学の授業でも、
文学作品の他、映画やマンガを取り上げて、
その表現の特徴を紹介したりしていますが

そんなことも考えてほしいと思っています。)


そもそも、とんがった、先進的な表現は、
従来の芸術の価値に当てはまらないので、
見過ごされることが、よくあるのです。


アメリカで映画をつくるイギリス生まれの監督の作品に、
フランスの若手監督が共鳴するという内容は、
映画制作の国際性を考える点でも、
おもしろいと思います。



報告:長沼光彦



報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)国際文化領域(多文化理解)京都日本語日本文化領域

2017年02月11日

入学前教育講座で自分の卒業研究を発表!

本大学では、3日間に渡って入学前教育講座が実施されました。その中で、本学の4年次生が終わったばかりの自分の卒業研究を紹介する「卒業研究発表会」も開催されました。

どの学科の研究内容も、各学科で優秀な卒業研究として選出されたものだけあって、本格的な研究で、「卒業研究という大きな山を越えたことで自信をつけた学生の発表」は、聴衆を感動させるものでした。発表は4学科から、合計8つでした。

人間文化学科からの発表は2つで、一つ目が王さん香港出身の留学生、王海雯(オウカイブン)さんによる

 「近代語『女性』『男性』の語彙論的考察」

でした。



王さんの研究は、「女性」という日本語の歴史についてで、明治からの100年以上に渡る新聞記事や、夏目漱石などの文豪の作品を調べ上げて結論づけた本格的なものでした。詳しくは 2月5日のブログ参照

そして、二つ目が栗林愛実さんと俣野なぎささんによる

 「子どもの教育を目的とした しかけ絵本の制作」

でした。栗林さんは「しあわせをはこぶたね」という知育絵本を、俣野さんは「じゅんくんのいちねん」という季節の行事が学べる絵本を制作しました。どちらもオリジナルストーリーになっています。

これらの絵本制作の基本にある「研究目的」やそれらの絵本がもつ「役割」や「コンセプト」を発表したうえで、実際の絵本を紹介しました。





栗林さんの絵本は、こんな風に素敵な飛び出す絵本になっています。センスの良い色遣いと高度な技術に圧倒される作品でした。



俣野さんの絵本にもしかけがあって、子どもが楽しく遊びながら毎月の行事が学べるように工夫されいる作品でした。以下に、2月の節分と3月の雛祭りのページを紹介します。




発表、お疲れ様でした&ありがとうございました。

報告:吉田智子  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)学生の活動報告図書館司書資格学生の作品日本語日本文化領域

2017年02月05日

卒業研究報告会をゼミで行いました ―日本語と古典ゼミ

  

 後期授業も終わり、来週から定期試験期間に入ります。4年次生は卒業論文の口頭試問を経て、完成論文を無事提出しました。今度は、3年次生が1年後の締切に向けて、卒業研究に取り組む番です。

 日本語と古典ゼミの3年次生たちは、一応、全員研究テーマを決めたところですが、実際にうまく研究が完遂できるのか、やってみるといろいろ問題が起こってくるのではないかと、不安を抱えているのも事実です。

 そこで、今回初めての試みとして、4年次生の先輩に来てもらい、卒業研究の概要と制作過程、問題点などについて、話してもらいました。




 一人目は、村岡伊都さん「京ことばテキストブックの作成」です。京ことばの基本的表現が段階的に学べるように、イラスト入りでわかりやすく編集したテキストを制作しました。京都生まれ京都育ちの祖母にインタビューしたり、京都市内の中高生にアンケート調査を実施、京ことばの使用状況をアンケート調査したりして、魅力的な冊子を作りました。就職活動の合間の苦労話なども含め、3年次生たちは熱心に聞いていました。完成した冊子は、大学図書館の所蔵図書にしてもらうことにしています。

 3年次生の中にも、書物を作る予定の人がいますので、大いに参考になったと思います。




 二人目の発表者は、香港出身の留学生、王海雯(オウカイブン)さんです。「女性」という日本語の歴史について、調べました。「近代語『女性』『男性』の語彙論的考察」という本格的な題目です。

 「京都ノートルダム女子大学」「婦人参政権」のように、50年以上前は「女子」や「婦人」といった言葉が主流で、「女性」という語はまだそんなに普及していなかった。ましてや「男性」などという日本語はほとんど用いられなかった。では、いつ頃から、使われはじめ、定着していったのか―そんな言葉の歴史の謎を徹底的に追究した、本格的な研究論文です。仏教語「女性(にょしょう)」「女人(にょにん)」から始まり、「女性(にょしょう)」から「女性(じょせい)」に転ずるタイミングやその背景などについて深く考察し、関連して「男性(だんせい)」の語誌にも触れています。




 王さんは、就職活動も返上して、新聞記事コーパス(大規模な電子データ)を連日のように検索し、言葉の変化をたどり、福澤諭吉、夏目漱石をはじめ、明治、大正期に活躍した著名な作家の全集なども丹念に調べ、貴重な研究成果を上げることに成功しました。

 本格的な研究発表の迫力に、ゼミ生たちも圧倒されていました。


 こんな先輩たちの苦労・成果によい刺激を受けて、続く後輩たちも、ぜひユニークなよい卒業研究をしてくれることを祈ります。

 何と言っても、長きにわたって学んできた学生生活の集大成ですからね。







〈報告者:ゼミ担当 堀勝博〉

  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年01月13日

楽しく、真面目に、コミュニケーションの力の向上!

人間文化学科では、「日本語コミュニケーションⅡ」という、
口頭表現に関わる基本的なことを学習していく授業があります。


本年も、授業の後半に、苦手意識の克服はもちろん、
「話すこと・聴くこと」をより向上させていくため、
「番組のコーナーづくり」を行いました。


最初は、「えっ! 私にできるだろうか!?」と
不安に思っていた人たちもいたようですが、
最終的には、それぞれが確実に向上していくのを
明らかに実感できるものとして仕上がっていました。




リハーサルを何度か繰り返し、
「本番」の際には、4年次生の横路久未さんにお越しいただき、
講評をしていただきました。


短い番組コーナーを見て、瞬時に考え、
コメントしていく横路さんに、
「あのようになりたい!」と思った人も多くいたようです。

本年度も充実した楽しい企画がたくさん出ました。
しっかり準備・練習したからこそ、楽しく
次へのステップに結びつくと思っています。


今回の経験を、ぜひ、他のプレゼンテーションなどに
活かしていっていただきたいと思います。


報告 平野美保  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)話しことば教育授業紹介日本語日本文化領域

2017年01月09日

林啓二先生 日本舞踊への誘い 2016年の思い出


後期基礎演習で行いました、
林啓二先生の、日本舞踊への誘いについては、
すでにご報告いたしました




ご指導、実演の様子を、
撮影した写真がまだありましたので、
せっかくですから、
もう少しご紹介します。



鳴り物と効果音について、
話していただきました。



舞扇と見立てについて、
説明したいただきました。



「京の四季」の実演です。






「越後獅子」の実演です。




同じく、サラシを用いて舞う場面です。









もちろん、目の前で実演を観た方が、
良いと思うのですが、
雰囲気をお伝えできたでしょうか。

学生は、良い機会を得て、
舞の美しさを、
あらためて理解したようです。



報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 23:39Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年01月06日

聲の形 京都で映画を観る


またまた映画の話です。
(冬休みの最中は、学生と会わなかったので、
話題がありませんでした。)


「聲の形」は、マンガが原作の、
アニメーション映画です。

少年誌で連載されていたのですが、
エンターティメントというよりも、
若者の微妙な心理を描いた作品です。



この作品で話題となったのは、
岐阜県大垣市が、
物語の舞台となっていることです。
(原作のマンガもそうです。)


近年、アニメの「聖地巡礼」が話題になっています。
聖地巡礼とは、アニメの舞台となった場所に、
ファンが訪れることです。

近年のアニメは、背景の表現にこだわっており、
ロケハンをして、制作することもめずらしくありません。

(ロケハンというのは、実際の舞台を、
撮影、取材することです。
実写の映画は、外で撮影する場合は、
ロケハンすることになります。)

それだけ、舞台となる背景の描写、
存在感にこだわる作品が増えた、
ということです。

(先日紹介した、「君の名は」も、
特定の場所ではありませんが、
各地をロケハンしているようです。)



聲の形は、登場人物の何気ない動作や、
表情を丁寧に描いています。

これを身近なものと感じさせるためには、
ウソではない風景が必要なのでしょう。

また、ウソの風景ではないから、
訪れたくなるのでしょう。

報告:長沼光彦  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)日本語日本文化領域

2017年01月04日

君の名は 京都で映画を観る

「君の名は」大ヒットで、
お正月も、公開を続けております。

(新海誠監督は、空を描くのが、
得意なので、それっぽい写真にしてみました。)


登場人物の二人の男女の、
心が入れ替わったらしい、
というところから始まります。




演出はなかなか斬新で、
RADWIMPSの楽曲が、
ふんだんに使われています。
(しかも、この映画用に作った、
楽曲です。)

オープニングから、
楽曲にのせて、
断片的に、いくつかの場面が、
流れていきます。

後から思い起こすと、
重要な場面があったりします。

予告編から始まるような、
構成になっています。


物語は、なかなかややこしいので、
予告があった方が、
心の準備ができるようになっているのだろう、
と思います。



映画のどのあたりが、
心を動かすのかは、
人それぞれでしょうが、
二人が行き違う、
ラブストーリーでしょうか。

そこは、往年の名作映画、
「君の名」は、のパターンを、
ふまえているところです。
(タイトルが、引用していることを、
示しています。)

私は、すれ違いながらも、
主人公の男女ともに、
行動するところを選んでいくところが、
心ひかれるところかと思いました。



報告:長沼光彦
  
タグ :君の名は


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)日本語日本文化領域

2017年01月03日

年賀状を書きましたか

あけまして、おめでとうございます。
今年は、年賀状を出されましたか。

近年は、メールや、LINEなど、
ネット経由で、ご挨拶という形も、
増えているようです。

(写真は、クリスマスの頃の、
京都駅近辺です。
時期がずれていて、すみません。)


学生に聞くと、
メールを使わないということですから、
信念の挨拶は、
LINEになっているのかもしれません。


現在のような郵便の年賀状は、
もちろん、郵便制度が出来てからの話ですから、
明治時代以降のことです。



当時、郵便は、
革新的なコミュニケーションの手段でした。
(もちろん、江戸時代にも、
飛脚が走ったりしましたが。)

そんなわけで、私が研究している、
近代日本の文学者は、
葉書や書簡を多く残しています。

それらを読むと、文学者の人間関係や、
コミュニケーションの仕方がうかがえます。

メールやLINEよりも、
手間はかかりますが、
一手間かけた味もありました。



とはいえ、LINEもLINEの特徴があります。
スタンプを付したり、画像を添付したり、
それぞれ、ひと味つけることもできます。

何にせよ、新年のあいさつをもらったら、
嬉しいですね。

(クリスマスの頃は、
こんなふうに、駅のクリスマスツリーが、
離れたところからも見えました。)


報告:長沼光彦
  
タグ :正月年賀状


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)日本語日本文化領域