2017年09月13日

古地図を読む2


地図を読むということは、
その時代や地域の、
考え方を知る、
ということでもあります。



例えば、
国土地理院発行の地図を見ても、
正確に表現されているなあ、
という感想しか持たないかもしれません。


しかし、どのような地図でも、
用途と目的によって、
情報は整理されています。

国土地理院の地図は、
正確な距離や高さを表現することに、
主眼が置かれています。

(国土交通省HP 地理院地図で、
ウェブ地図を見ることができます。
http://maps.gsi.go.jp/help/


そのため、他の情報は省略されており、
例えば、
近くのハンバーガー屋に行きたいと思っても、
役にたちません。

情報誌の地図を見たり、
グーグルに聞いたりした方が、
早くたどりつけます。


地図は、情報を提供するものですが、
どのような情報を提供するものか、
考えみると面白いと思います。

報告:長沼光彦
  
タグ :地図


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 23:39Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月12日

古地図を読む


古地図を読む、というワークショップを、
オープンキャンパスで行いました。


古地図から、京都という街の特徴や、
歴史を読み取ろう、というものです。


とはいえ、地図を読むのは苦手だ、
という人もいます。


それは、地図の視点が、
普段見ている風景とは異なるからです。


地図は、空から鳥の目で見たような視点で、
描かれています。

場所の位置関係や、方向が、
ひと目でわかるからです。


今は、スマホでナビが使えますから、
知らない場所でも、
移動に不便を感じません。

けれども、スマホがないときには、
地図が、行き先までの道のりを知る、
便利な方法でした。



また、今自分が見る視点とは異なる視点、
鳥のような視点を、想像できるのは、
人間特有の能力です。

人間の能力の面白さを知る、
という意味でも、
地図を研究してみるのは、
楽しいと思います。


報告:長沼光彦


  

Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 18:13Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月10日

祇園祭に行ってきました6 ―3年次生「専門演習」クラス〈終〉


(夏に出かけた祇園祭の記事の最終回です。六日の菖蒲どころではありませんが、おゆるしのほど)


日もすっかり暮れ、人出も増えて、お祭りムードが高まってきました。






われわれが最後に向かったのは、くじ取らずの鉾の一、放下鉾(ほうかぼこ)でした。

鉾の真木(しんぎ)の中ほどに放下僧の像を祀っていることにちなむ名です。放下僧とは、室町時代後期に現れた僧形の大道芸人のことで、仇討ち物の謡曲「放下僧(ほうかぞう)」にも登場します。親への孝養を重んじた古人たちが、親の敵を討つ兄弟の物語に感じて制作した鉾なのでしょう。

町会所の二階に上がらせていただき、お宝の数々を拝見しました。





まず目に飛び込んで来たのは、モスクとフクロウのデザインが異彩を放つ見送りでした。江戸時代に作られた綴織(つづれおり)に代わり、昭和57(1982)年に制作された「バクダッド」という名の臈纈染(ろうけつぞめ)だそうです。ギリシャ神話や聖書のデザインが古くから用いられてきた祇園祭ですから、イスラーム風のものが加わっても何ら不思議ではありませんね。





こちらは、鉾の先端を飾る鉾頭(ほこがしら)です。地上を照らす太陽、月、星をデザインしたもので、形が洲浜(すはま)の模様に似ているので、この鉾は「すはま鉾」の別名があります。






放下鉾では、昭和3(1928)年までは長刀鉾と同じように、生き稚児を乗せていました。その時に用いた古い冠が二つ並べて展示されていました。いったい何人の子どもたちがこの冠をかぶってきたのかと思うと、祇園祭の歴史と伝統を目の当たりにした思いでした。




こちらは、現在の稚児人形がかぶる冠です。昭和4年製造だそうです。





町会所二階の奥には長い廊下のような橋がかかっており、向こうの倉庫の方まで続いていました。この橋は、祭りの時に器材を運び出すためだけに引き出されるものだそうです。町衆たちが、いかに祭中心に物事を発想してきたかがうかがえます。










見物人も鉾に乗せていただけるとのことでしたが、こちらは女人禁制につき、学生たちは入口のところでストップ。天井の様子や屋根を支える鉾の柱に施された見事な彫刻など、学生に知らせるため、何枚か写真を撮らせていただきました。




鉾から下りてそろそろ帰ろうかと思ったちょうどその時、お囃子の演奏が始まりました。鉾入口のところで待っていた学生たちは、コンサートのボックス席のごとく、かぶり付きでお囃子を聞くことができました。悠揚迫らぬ優雅なその響きに、学生たちは時の経つのも忘れ、聴き入っていました。〈終〉




(報告者:「日本語と古典ゼミ」担当、堀勝博)

  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)京都フィールドワーク授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月08日

心配をプランに 卒論の相談

先日、卒論の相談に、
学生が来ました。




わりと早めに相談に来たなあ、
と思っていましたら、
内定先の会社の研修がはじまるので、
卒論を早め早めに進めたい、
ということだそうです。



できますかね、とご本人は、
心配の様子です。

私が思うに、
心配して、こなせるように、
プランを立てようとしている時点で、
わりと、だいじょうぶでは、
ないでしょうか。



プランを立てようと思えば、
自分をふりかえり、
何から着手するか、
考えられますね。


心配は、不安な気持ちのままでは、
一歩も進みませんが、
何かしなければ、
という気持ちに結びつければ、
解決の方向に進むきっかけになります。

社会人になったら、
プランを立てる力は必要となるでしょう。
この機会に、
心配をプランに変える練習を、
していただくと良いかもしれません。

(保険の宣伝みたいなタイトルだったでしょうか)

報告:長沼光彦
  
タグ :卒論計画


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年09月04日

卒論の相談 文化の研究


まだ大学は夏休みなのですが、
卒論の下書きで、
学生が相談に来ました。



相談に来た学生は、
テレビゲームをテーマとしています。



まずは、ゲームの歴史から、
まとめてきました。


大昔は、喫茶店で、
インベーダーゲームをしていた、
時期もありました。


その後、ゲームセンターが、
今で言う、アミューズメントパークのように、
混み合っている時期もありました。



それが、今では、
ゲームセンターも、
あまり見かけません。

ファミコンのようなテレビゲーム機も、
昔ほどは売れないそうです。

時代は変わったようです。




それで、どうしてこうなったのかな、
と考えてみます。

相談に来た学生にしてみれば、
ゲームを楽しんでいる人はいると、
いうことです。

スマホでゲームをしている人は、
多いようですね。



そこで、
ゲームを遊ぶ場所や機会が変わったのだ、
と考えてみましょう。

なぜ変わったのでしょうか。




じんわり考えてみると、
そもそも昔は、
コンピューターが小さくできなかったので、
ゲーム機のためには、
ある一定の大きさが必要でした。

ところが、だんだんと小型化され、
今ではスマホの中に、
ゲームができる高性能な
コンピューターが収まっています。


つまり、遊びの文化も、
技術の発達という社会的な条件により、
変化している、ということがわかります。


実は、美術や音楽や映画など、
他の文化が生み出した物事も、
技術の発達により、
変化しています。


このような社会背景を、
考えるのも、
文化の研究の方法のひとつです。


というような感じで、
適度にまとめて、
引き続き、考察を進めてくださいと、
学生にはアドバイスいたしました。


報告:長沼光彦


  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 21:19Comments(0)日本語日本文化領域

2017年09月02日

祇園祭に行ってきました5 ―3年次生「専門演習」クラス



続いて遭遇したのは、船の形をした船鉾(ふねほこ)です。ご神体は、神功皇后です。かつてお札にもなったことのあるお方ですが(女性でお札に採用された第一号)、戦後は教科書からも完全に抹消され、今の女子大生は知るよしもありません。読み方も「ジングウコウゴウ」ですので、お間違えなく。




祇園祭ではとても重要な人物で、船鉾の他に、占出山、3年前に150年ぶりの復活を遂げた大船鉾(かつての呼称は「凱旋船鉾」)のご神体に取り上げられており、往時の人気がしのばれます。詳しいことが知りたい学生さんは、古事記・日本書紀をお読みください。




ここでも粽を売る少女たちが元気のよい歌声を披露してくれていました。楽しそうな一生懸命な姿に打たれ、記念に一つ購入することにしました。これでわが家も一年無事安泰です。




その後、木賊山を見学し、動くカマキリで知られる蟷螂山を見に行きました。カマキリがパタパタするのは、晴れの日の山鉾巡行の時だけですから、夜に拝見したご神体は「蟷螂之斧」を控えめにした神妙なお姿でした。




こちらは提灯にカマキリが貼り付いており、訪れた人々を和ませていました。

(報告者:堀勝博)

  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)京都フィールドワーク授業紹介京都日本語日本文化領域

2017年09月01日

祇園祭に行ってきました ―3年次生「専門演習」クラス3

祇園祭宵山の楽しみは、浴衣掛けで露店を思い思いにめぐり、食べ歩きをすることですが、ついそれだけで終わってしまって、祭り本来の意味や伝統にまったくふれぬまま、夏フェスの一種ぐらいに考えて、お祭り気分を味わうだけといった人が多いとすれば、まことにもったいないことです。

往時の人々が、どんな思いでこの祭りを作り上げ、受け継いできたのかを知った上でこの祭りに参加することは、同じ京都に学び、生活する者として、とても大切なことではないでしょうか。

ということで、わがゼミでは単に歩行者天国に立ち並ぶ山や鉾を見学するだけではなく、必ず町会所に立ち寄り、ご神体や展示品を拝観して、各山鉾の由来や歴史について学ぶようにしています。




今回ご紹介するのは、伯牙山(はくがやま)です。提灯や幔幕がおしゃれな琴柱(ことじ)の模様になっていました。このような粋な遊び心が至るところに見られるのが、この祭の楽しさですね。




この山のご神体が、物語の主人公、琴の名手、伯牙です。とても思い詰めた表情で、手に斧を持ち、琴を断ち割ろうとしています。なぜ琴の名人が琴を割ろうとするのか。それがこの伯牙断琴のお話です。『呂氏春秋』や『蒙求』などに載っています(ただし、明治以前は主人公の人物名は特定されていなかったらしく、単に「琴割山」と呼ばれていたそうです)。

この伯牙山の特徴は、懸装品がすべて中国色で統一されているところです。




見送りの「仙人図」は西陣で制作されたという刺繍。人物の押し絵が施された水引は、20年前に復元されたもの。いずれもいかにも中国風ですね。この山を代々受け継いできた町衆の心意気がうかがえます。




ゼミ発表を担当した中国の留学生も興味津々の表情で見入っていました。

(報告者:堀勝博)



  


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2017年08月31日

トランスフォーマー 最後の騎士王 京都で映画を観る


「トランスフォーマー最後の騎士王」


これも、まだ上映しているかと思いますが、
7月末に公開の、宇宙から来た、
金属生命(見た目はロボット)の話です。


今のところ、この系統の映画が好き、
という学生に出会っておりません。


また、情緒を重んじるような映画が好きな方は、
なぜ、ロボットやら怪物やらが、
暴れる話に、観客が行くのか、
わからないかもしれません。


ただ、歴史を遡れば、
神話や伝承の世界に、
怪物はつきものです。

人と怪物は、
いつも一緒に過ごしてきたのです。
(近代科学の世界では、
妄想とされたてきましたが。)


また、CGなど、視覚的刺激を求めるのも、
人間の嗜好のひとつです。

時代ごとの技術によって、
視覚的刺激は変化してきました。

その先端技術の中で、
尖鋭な刺激を人は求めてきました。



そんなわけで、
先端技術を駆使した映画で、
ロボットや怪物が暴れるものが、
多くの人に喜ばれるのです。


まあ、そんな理屈っぽいことを考えないで、
すげー、とか言って、
観ておけば良いかと思います。

ちなみに、今回のトランスフォーマーも、
車が追いかける場面は、
CGではなく、実写です。

CGと実写を適度に混ぜるのは、
現在の映画のリアリティを感じさせる、
技術のひとつです。


報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 18:02Comments(0)国際文化領域(芸術と思想)日本語日本文化領域

2017年08月30日

勉強と研究


教員は、研究をしてます、
などと学生に言うと、
勉強と研究は違うのですか、
と聞かれたりします。



私の携わる文学研究は、
調べる、という点で、
大きな違いは、ないでしょう。


違うとすれば、
勉強が、人がまとめた答を、
知ることだとすると、
研究は、自分で答を見つけること、
だということです。


同じ発見でも、人が見つけたものか、
自分で見つけたものか、
という違いがあるわけです。




すぐれた研究や思索にふれて、
学ぶだけでもじゅうぶんかもしれません。

ただ、自分で見つけようとすることで、
物事と積極的に関わることが、
できるでしょう。

せっかく大学に入ったわけですから、
自分で答を見つけてみることに、
挑戦するのも、
面白いと思います。


長沼光彦
  
タグ :研究


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 18:49Comments(0)日本語日本文化領域

2017年08月29日

夏休みの教員は研究をしている


先生は、夏休みに何をしているんですか、
と学生から聞かれたりします。



バカンスに出かけるのだ、
と豪勢なことを、
言ってみたいところですが、
なかなか実現しません。


遊びや休み以外は、
研究をしています。

研究も、じっくりと考えるには、
まとまった時間が必要です。


私の研究している分野、
日本の近現代文学の研究では、
調べ始めると、
この資料も見たい、
と調べものが、
次々と増えていきます。

わあ、面倒だなあ、
と思われるかもしれませんが、
実は、調べ物が増えることは、
良いことです。

むしろ、「あたり」と、
言えます。



調べて、わかった、
終わり、というパターンは、
答はわかっても、
研究にはなりません。

次から次へと、
資料と資料の関係が、
見つかっていくと、
それだけ、視点が広がるわけです。


皆さんがお好みかどうかは、
わかりませんが、
そんなことを、夏休みにしています。


報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 22:26Comments(0)日本語日本文化領域

2017年08月28日

メアリと魔女の花 京都で映画を観る


ちょっと前の話ですが、
「メアリと魔女の花」を、
観ました。



学生も話題にしていましたが、
スタジオジブリにいたスタッフが、
つくったアニメ映画です。

宮崎駿監督が、
引退宣言をした後、
ジブリは、アニメ制作部門を、
一度解体することになりました。
(2014年の話ですね)

「メアリと魔女の花」は、
「思い出のマーニー」の監督を務めた、
米林宏昌が、監督をしています。

制作スタッフも、ジブリに関わった人が、
多くいるようです。


そんなわけで、観ていると、
スタジオジブリのアニメと言われても、
そう思ってしまうような出来映えです。



とはいえ、じっくり観ていると、
宮崎駿監督のアニメとは、
いろいろ違います。

実はジブリの時も、
宮崎駿が監督でないときには、
演出や、人物の動きが、
違いました。

もともと、監督によって、
できあがった表現は、
微妙に違ったのです。



それでも、何となく、
ジブリの作品は、
宮崎駿がつくっているような、
気がします。

実際、NHKのドキュメンタリーを観ていると、
監督が別に決まっていても、
宮崎駿は、口を出さずにいられないようです。

それが、作品の質をあげることもありますが、
若手の監督の試行錯誤を、
(場合によっては個性の表現を)
押さえてしまうことも、
あったようです。


そういう意味では、
宮崎駿を離れて、
アニメをつくる環境になったのは、
良いことでもあると思います。


優れた師匠を持つと、
弟子はなかなか大変なようです。


報告:長沼光彦
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 18:26Comments(0)日本語日本文化領域

2017年08月27日

学生に勧められてアニメを観る


昨日と似た話ですが
学生に勧められて、
アニメを観る場合もあります。

この前観たのは、
「ズートピア」です。



田舎から都会に出てきて、
夢をかなえるために、
がんばる、という、
シンプルな話ですが、
面白いですね。


街を、大きな列車が走っているのですが、
動物に合わせて、
ドアが複数ついています。

こんな列車つくるの面倒だなあ、
などと思いますが、
そこが、ズートピアの良いところ。

それぞれの特徴に合わせて、
多様性を活かす、
というところに、
ズートピアの、
街の考え方があります。



もちろん、これは制作者の、
考えですね。

多様性を実現するためには、
実は、手間をかけなければ、
ならないことが多いのです。

しかし、それぞれの違い、
特徴を知って、はじめて、
一緒に暮らす、豊かさが、
生まれてくるわけですね。


そんなことを、視覚的な表現で、
ユーモラスに描いているところが、
楽しいなと思いました。

実は、この多様性は、
メインストーリーにも、
関係してきます。


こんなふうに、思ったことを、
学生と話したりもします。


報告:長沼光彦  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 21:25Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年08月26日

学生に勧められマンガを読む

私の日本近現代文学・日本文化ゼミでは、
ストーリーのあるものであれば、
小説でなくとも、マンガや映画でも、
研究の対象する場合もあります。



今回は、学生が卒論に取り上げるというので、
「ノラガミ」というマンガを、
私も読むことになりました。


日本の八百万の神の世界観をもとにして、
神の世界で、何やら、
権謀術数がめぐらされている、
という話になっているようです。
(まだ、連載中です。)

神様もきわめて人間的に描かれており、
その点では、日本の神話の世界に、
近いかと思います。


論じるならば、
日本神話の世界を調べたうえで、
どのように現代風にアレンジされているか、
考えてみると良いのではないか、
と思いました。



もっとも、マンガの面白さは、
神や人の、関係や情緒の描き方、
また、コミカルなエピソードにも、
あるかと思います。

そういう、マンガの構成の仕方を、
分析してみるのも、
よいかもしれません。


そういえば、アニメも見て下さい、
と言われていたのでした。


報告:長沼光彦

  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:16Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年08月22日

祇園祭に行ってきました ―3年次生「専門演習」クラス2


次に通りかかったのは、芦刈山です。「芦刈」とは、大和物語などに出てくる有名なお話で、夫婦愛、固く結ばれた夫婦の絆をモチーフにしています。




ご神体は、落ちぶれて葦を刈る物語の主人公、元・夫です。右手に鎌、左手に刈り取った葦を持っています。衣装の一つ(旧衣装の小袖)に、天正17年(1589年)に制作されたものがあり、祇園祭のご神体の衣装としては現存最古だそうで、重要文化財に指定されています。この祭りの歴史の古さがうかがえますね。




人形の御頭はさらに古く、天文6年(1537年)に作られたとのこと。現在はレプリカを用いているそうです。




写真は、巡行の際に山を飾る懸装品の一つ、見送り。年によって使用されるものが異なり、右側が山口華楊画伯の「鶴図」を原画として織られた綴織、左側が江戸時代後期の「唐子喜遊図」で、今年は右の「鶴図」の方を使用するそうです。




こちらは、豊臣秀吉の陣羽織模様をもとに平成に入って新調された胴懸の綴織です。おもしろい鳥獣の図柄ですね。

晴れの日を飾る一つひとつの用品に、古くから多くの人々が熱い思いを籠めてきたことがわかります。


(報告者:堀勝博)


  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)京都フィールドワーク授業紹介京都日本語日本文化領域

2017年08月20日

祇園祭に行ってきました ―3年次生「専門演習」クラス



大学は夏季休暇に入りましたが、7月にゼミで祇園祭見学に行ったときの記事を何回かに分けて報告します。

3年次生必修科目「専門演習」(ゼミ)の「日本語と古典」クラスでは、日本の古典文学や古い文化に興味を持つ学生が集まっています。

京都を代表する夏祭、祇園祭は、古典文学に深い関わりがありますので、毎年授業の一環として学生を見学に連れ出します。芦刈山、黒主山、木賊山、船鉾、鶏鉾、伯牙山、孟宗山など、古文漢文に取材した山や鉾が数多くあるのです。




今年のゼミ生は、とりわけ古典文学に強い興味をもつ学生が多いので、事前にそれらの山や鉾の由来となった古典文学原文をみっちり学習しました。

とは言っても、33基すべてを網羅することは難しいので、いくつかの山・鉾に焦点を絞りました。香港出身、中国出身の二人の留学生には、漢文学由来の山鉾を担当してもらいました。

見学したのは、お昼に行われる山鉾巡行ではなく、夕刻、駒形提燈に灯が点り、お祭ムードが溢れる宵山でした。まず目に入ったのは油天神山。




さっそく「ちまきどうどすかー」の掛け声でおみやげを売る少女たちのコーラスがわれわれを出迎えてくれました。

留学生たちも、初めて見るこのかわいい光景に目を細くしていました。 〈続〉

(報告者:堀勝博)


  


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2017年08月11日

大学生の「学び」トーク!

8月5日、6日は、オープンキャンパスでした。
その中で、5日の人間文化学科のブースでは、
人文の学生たちによるトークを行いました。


ラジオの公開番組をイメージして、
人文の学生が本音でトークをしていこうというものです。

内容は、
本学の魅力、女子大、
サークル、学費、留学、学食、
授業、資格、学科の裏話・友人関係など。


例えば、
「資格をいくつとろうとしている?」
という司会者の質問に対して

「3つ!」
「2つ!」
「私はとっていないよ~」 

「途中で私にはあわないと思っても、
その代わりに他の資格にチャレンジすることも可能だよね」など。

資格を、
それぞれの人がどのように取り組んでいるのかみえました。


授業については、
・先生の人柄、教科書、授業内容を紹介したり、
・外国語科目では、実際にアラビア語などを書いて見せたり。


わいわいと楽しい女子トーク。
パンフレットだけではわからない生の雰囲気が伝わるトークとなりました。


***********
冒頭にも書きましたが、上記は、
話しことばゼミのメンバーを中心に、
人間文化学科の3年生が準備しトークを行ったものです。

どうしたら聞いてくださる方たちに
良い時間にしていただけるのか

自分たちで考え、構成し、実際に「話す」ということをしました。
中身があって、聞き手に親切で、楽しい時間になったと思います。
このように堂々と話す皆さんを、私はとても誇りに思います。



写真 長沼光彦
報告 平野美保
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 17:00Comments(0)話しことば教育学生の活動報告国際文化領域(多文化理解)日本語日本文化領域

2017年08月08日

大学での文学の授業は面白いですよ


大学で文学を学ぶのは、
面白いですよ。


先日のオープンキャンパスで、
話したことを、書いています。)


高校までは、小説を読む際には、
登場人物の心を読み取ろう、
ということを中心に、
取り組んできたと思います。


ただし、小説は、必ずしも、
人間の内面を描くものではありません。

出来事の面白さを語る場合もあります。

言葉遊びが、ちりばめられた、
遊び心がたくさんの小説もあります。




私が特に研究しているのは、
小説の背後にある、
明治、大正、昭和の、
時代背景や、文化的習慣、思想です。


明治、大正時代は、
現在の私たちと近い生活をしていますが、
少しずつ違う習慣や流行があります。

小説を読む際には、
そういうものを調べた方が、
発見があります。

今の常識で読んでいると、
読み飛ばしてしまう部分も、
小説では、重要な意味が、
示唆されていることもあります。


微妙に違う、習慣や思想を知ることで、
日本の近代文化に対する理解も、
深まります。

この点では、文学研究ではありますが、
歴史の勉強とも関わりがあります。


また、小説には、美術や音楽なども、
登場しますから、
種々の芸術や文化を学ぶことにもなります。


こんなふうに、勉強の過程で、
自分の知識が広がり、
様々な研究との関わりが見つかるところが、
文学研究の面白さ、だと思います。

文化を、様々な角度から広く学びたい人には、
おすすめしたい、と思います。


報告:長沼光彦


  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 20:24Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域

2017年08月06日

オープンキャンパス2日目です


本日8月6日、日曜日は、
オープンキャンパス2日目でした。


暑い中、
多くのご来場ありがとうございます。



模擬授業は、堀勝博先生が担当します、
「日本の年中行事ってこんなに面白い!」です。



京都市内などを巡って撮影した、
注連縄(しめなわ)など、
年中行事に関わる物事を、
紹介しながら、その意味を説明しました。


また、しめなわ、とは、
そもそもどんな意味なのだろう。

日本語の元の意味を探り、
しめなわ、の役割を、
説明しました。

言葉から、文化を探る、
そんな勉強の一端を、
味わっていただきました。



体験コーナーは、
「絵本の読み聞かせ体験」の題で、
読書・学習の支援として行われる、
読み聞かせ活動を、
岩崎れい先生が、ご案内しました。



また、「古地図から知る京都」の題で、
私(長沼)が、
地図を読み解く方法を、
ご紹介しました。




昨日、今日と、
はじめて本学にいらした方も、
多くいらしたようです。

オープンキャンパスは、
8月20日、9月10日にも、
行われます。

今回、興味を持っていただいた方は、
ぜひ、こちらにもおいでいただき、
本学の学びを、より知っていただければ幸いです。

よろしければ、またお会いしましょう。


報告:長沼光彦


  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 22:26Comments(0)図書館司書資格日本語日本文化領域

2017年07月27日

「朗読コンサート」を開きました(授業「日本語の朗読」)

人間文化学科の授業「日本語の朗読」では、授業の締めくくりとして
毎年、「朗読コンサート」を開いています。


本年も7月20日に「朗読コンサート」を開きました。

この授業では
「朗読」を通して、音声表現を磨くことはもちろんですが、
・人前で話すことの苦手意識の克服
・「一つの作品」をグループで協力して作り上げること
・またそれを、聴者にききとりやすく、
わかりやすくイメージしながら聞いてもらえる作品に仕上げること

などのミッションを克服していきます。


そして、最終的に、音声に注目しながら、
人前でよりよく話す力を身につけていこう!というものです。

本年の「朗読コンサート」もとてもいいものになりました。
物語、詩、童話、歌詞・・・様々な作品を、
それぞれのグループで話し合い、高めあい、
司会も入れて
最終的に、「朗読コンサート」として、この時間・空間を皆で作り上げました。



朗読コンサート終了直後に、各グループから感想などを聞きましたが、
「真剣」にするからこその
「楽しさ」を強く感じた人が多かったようです。
とてもうれしく思いました。



みなさん、素晴らしい朗読作品をありがとうございます。
もうどうすればいいのか、かなりわかったかと思います。

音声表現スキルは、
朗読だけではなく
アルバイトなどでのコミュニケーションやプレゼンテーションなど
様々な場面で役に立ちます。

他の場面でも、すぐに役立てていっていただきたいと思っています。
今の皆さんなら、もうそれができるはずです。




写真 長沼光彦
報告 平野美保
  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 16:30Comments(0)話しことば教育授業紹介日本語日本文化領域

2017年07月20日

正義ってなんだ 国文学概論


国文学概論では、
太宰治「走れメロス」に続き、
芥川龍之介「羅生門」を読んでいます。



登場人物の下人(げにん)は、
荒れ果てた京都で、
主人からクビにされて、
生活に困っています。


どうにか生き延びるために、
盗人になるしかないかな、
などと考えています。


それが、羅生門の2階で、
死体の髪の毛を抜く老婆を見かけると、
悪を憎む心が、急に湧き起こります。

さっきまで、盗人になろうと思っていたことを、
すっかり忘れています。



まあ、私たちも、自分の行いはおいといて、
人のしたことには、怒ったりしますね。


正義などと、大声で主張する前に、
自分の行いを振り返ってみた方が、
良いようです。


報告:長沼光彦  


Posted by 京都ノートルダム女子大学      人間文化学科  at 23:03Comments(0)授業紹介日本語日本文化領域