2018年10月17日
詩は形をとらえる
ただいま、日本文学特講では、
詩を読んでいます。

詩は、読みにくいという、
意見もあります。
ただ、形式に注目しては、
いかがでしょう、という話をしました。
例えば、隠れた比較、
という形式があります。
今、読んでいた、
田村隆一「木」は、
こんな一節で始まります。
木は黙っているから好きだ
木は歩いたり走ったりしないから好きだ
木は愛とか正義とかわめかないから好きだ
木を好きだ、といっているのですが、
どの理由も、××しないから、
という否定的な言い方になっています。
木の良いところを、
あげているわけではないんですね。
これは、木が好き、というよりも、
黙っていない、歩いたり走ったりする、
愛とか正義とかわめくものが、
嫌いだ、と言っているのと同じでしょう。
つまり、木は、
何かはっきりと示されていない、
愛とか正義とかわめくものと、
比較されているわけです。
隠れた比較、というのは、
こんな表現形式です。
詩を読むには、
明確に書かれていない部分に、
気持ちを向けることも必要でしょう。
報告:長沼光彦
特別講義「2年次生から考える自分の未来」が開催されました
教職実践演習の授業から ―漢文を読み解くおもしろさ
深泥池・上賀茂フィールドワーク2 (令和2年12月)
深泥池・上賀茂フィールドワーク1 (令和2年12月)
お出汁の うね乃 ワークショップ体験(令和2年11月)
植物園を散策しました(令和2年11月)
教職実践演習の授業から ―漢文を読み解くおもしろさ
深泥池・上賀茂フィールドワーク2 (令和2年12月)
深泥池・上賀茂フィールドワーク1 (令和2年12月)
お出汁の うね乃 ワークショップ体験(令和2年11月)
植物園を散策しました(令和2年11月)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。